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『十三分間死んで戻ってきました』感想(清水友邦氏FBより)
私と著者にはまったく面識がありません。
しかし、この本を読んだ後、著者と共通の知人が夢に現れたことには驚きました。
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著者は原因不明の心臓発作により、およそ十三分間にわたって心肺停止状態となり、その後十日間もの長い昏睡状態に陥りました。
そして、その体験を語ることは限りなく不可能に近いと吐露しています。
それでも著者は、言葉に対する鋭い感性をもって、その体験の言語化を試み、「舞う蝶」のイメージを通して詩的に表現しています。
スーフィズムの神秘哲学では、自己の滅却を表現するとき、しばしば蝶が比喩として用いられます。また、死にゆく人々を研究したキューブラー・ロスは、蝶を「死を超えて自由になる魂」の象徴としました。
さらに、アステカ・ナワ族の間では、魂は蝶となって花々を飛ぶと信じられていました。世界各地のシャーマニズムでも、蝶は魂・変容・再生の象徴として現れます。また、ユング心理学では、蝶は人類に共通する「死と再生」の元型とされています。
このように見ていくと、私は蝶の象徴を本格的に研究したわけではありませんが、蝶は自我を超えるときに現れる、文化や宗教を超えた普遍的な「変容」の象徴なのではないかと思います。著者もまた、その象徴を通して臨死体験を表現しています
そして、著者が四行の散文で綴った臨死体験は、キリスト教神秘家が語る神との一致や深い瞑想体験、あるいは仏教における「涅槃」や「空」など、自我の境界を超えたときに現れる表現と共通するものでした。
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読み進めるうちに、著者が仏教学の大学院修士課程を修了し、確かな根拠に基づく論理的思考の持ち主であることがわかりました。
何百冊もの書籍や何百本もの論文を読み込み、知的探究を重ねてきたのです。
さらに、机上の学問だけではなく、インドやアメリカを旅してさまざまな瞑想を実践し、自ら探求の道を歩んできた人でもありました。
私の蔵書にも臨死体験に関する本が二十冊近くありますが、臨死体験者に共通しているのは、日常意識を超えた高次の意識への変容を体験していることです。
著者は、仏教でさまざまな言葉によって表現される「空」「無心」「涅槃」「真如」「聖果智」「無分別智」「清浄」の核心を、臨死体験の中で掴んだようです。
しかし、これは新たに得たというよりも、臨死体験以前にもそのような体験があり、それを再確認したと言ったほうが適切なのかもしれません。
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けれども、自我意識を超えたどれほど素晴らしい高次の意識に触れたとしても、自我がある限り、人は必ず再び自我へと戻ってきます。
だからこそ、著者が臨死体験の後に自我意識へ戻ったとき、どのような存在として生きるようになったのかに、私は強く興味を惹かれました。
著者は高次脳機能障碍(障害)となり、臨死体験で到達した融通無碍な意識の高みから、一転して、不自由な車椅子生活へと揺り戻されました。
不幸と言えば、これほどの不幸はありません。
学校教員を退職せざるを得なくなり、身体に障害を負い、自由に移動することもできず、副作用を伴う脳の薬を飲み続けなければならなくなったのですから。
しかし著者は、過剰に自らの運命を呪うことも、悲哀や絶望に沈むこともありませんでした。
看護師に「ありがとう」と伝え、「生きていてよかったなあ」と書き残し、著者は親鸞の『正信偈』を紹介しています。
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こうして私たちは生と死を超えて
蓮華の美しく咲く
安らかで軽やかな世界に生まれます
色もなく形もない完全に解放された光
空そのものを悟り、味わうことになるのです
さあ、自由で解放された境地のままに
煩悩に満ちた林へ戻って遊びましょう
すべての人の悩みを聞き届け、解き明かす力をもって
人々の瞳をのぞき、手を握りましょう
生と死、迷いに満ちた意識が堂々巡りするお花畑へ、
あえて入っていって
あらゆるものたちと共に歌い踊りましょう
(親鸞『正信偈』)
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誰の人生にも、著者と同様な到底受け入れがたい悲哀が突然訪れる可能性があります。
著者は、母が亡くなったときの深い悲しみの中で、母が無数の光る蝶となって空へ解き放たれていくように感じ、自らの心もまた、この世の執着から解き放たれたと述べています。
「臨死体験をしなければ、そのような境地には至れないのではないか」と思われるかもしれません。
しかし、私は決してそうではないと思います。
私と父との間には深い葛藤があり、父を嫌って家を出たまま、長く戻らなかった時期がありました。
ところが、インドに滞在していたときに父が亡くなり、帰国後、父がすぐ近くに存在しているように感じられ、深い感謝の思いが自然と湧き上がってきたことがあります。
実際、瞑想体験などを通して時間と空間を超えた意識を体験した人は、決して少なくありません。
著者もまた、瞑想体験を通して意識の本質が「永遠の今」にあることを知っていました。
そして、臨死体験は、その確信をさらに深める出来事となったのです。
「永遠の今」があることを確信できたからこそ、著者はその後の困難な人生を、深刻になり過ぎることなく受け止め、歩み続けることができたのではないかと思いました。
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人間の本質は、時間と空間を超えた「永遠の今」にあります。
『十三分間死んで戻ってきました』は、そのことへと読者を導いてくれる一冊です。
この本はそれだけではなく、現代社会が持っている矛盾や他者との関わり方に光を当てるこの世の本でもあります。
そして著者は最後に、この世とあの世の統合を示すかのように、この世に縛られていた親子の魂の糸がほぐれ、母は「永遠の今ここ」の光へ還っていったと述べ、この本を締めくくっています。
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【清水友邦氏プロフィール】
イーハトーブ心身統合研究所 主宰。 現在、呼吸道のワークショップを各地で展開中。 著書「覚醒の真実」「よみがえる女神」(ナチュラルスピリット刊)。facebook
イーハトーブ心身統合研究所 主宰。 現在、呼吸道のワークショップを各地で展開中。 著書「覚醒の真実」「よみがえる女神」(ナチュラルスピリット刊)。facebook

