ま え が き

「たったひとつの命だから」――この言葉は、病気で利き腕を失った14歳の女の子が、左手で書いてくれたものです。
 この女の子、西尾譽佳さんと出会ったのは、2006年2月のことでした。それは、私の息子が足の腫瘍と闘ってきた4年後、病が奇跡的に完治した直後の出会いでした。
 闘病中は、いつ左足を切断することになるか分からないという状況で、どこかビクビクしたような、生きていて半分心を失ったかのような、そんな日々でした。一生治らないと言われていたので、突然「あれ、腫瘍が消えているよ」と聞かされた時は、冗談だと思いました。
 喜びよりも拍子抜けした…と言ったほうが、その時の私たちにはピッタリくる表現かもしれません。その喜びに浸る間もなく出会ったのが、西尾譽佳さんだったのです。
 私は、病気と闘う息子を4年間見てきました。一度も愚痴を聞いたことはありませんでした。強いな〜と我が子ながら思って接してきましたが、譽佳さんもまったく同じでした。
 まっすぐな瞳は、一点の曇りもなく、病気に立ち向かう姿は頼もしくさえ感じました。そんな女の子が書いてくれたのが、「たったひとつの命だから」という筆文字なのです。
 譽佳さんの強さと優しさがにじみ出たこの文字に魅せられた高校生と主婦仲間が、思い思いの言葉をあとにつなぐことから、“ワンライフプロジェクト”の活動は、福岡県の筑後地方で始まりました。
 それから2年。譽佳さんが発した言葉は、今、多くの人々の心に届きはじめています。
 現在までに700を越えるメッセージが各地から寄せられ、2007年4月に『たったひとつの命だから』の第1巻、10月には第2巻が発行されました。

 2007年8月15日――西尾譽佳さんは天に召されました。
 それまで、彼女の名前を公表することは控えてきましたが、「譽佳さんの思いがこめられたこの文字を皆さんに見てほしい」という、彼女と交流があった同じ10代の子どもたちの願いから、今回、譽佳さんの筆文字が初めて本のカバーを飾ることになりました。
 彼女の力強さと優しさが伝わってきますか?

 譽佳さんが亡くなった今、どうして彼女はあんなに強かったのだろう…どこからあの笑顔は生まれていたのだろう…そう考えることがあります。
 譽佳さんは、争いが嫌いな女の子でした。人の心と心が虹で結ばれますように…そんなことをいつも願っていた女の子でした。みんなの心から虹は出ていて、年齢も、性別も、国も関係なく結ばれていくのだと私に話してくれたことがありました。
 きっとそんな平和への願いがこもっているのでしょう、亡くなる1週間前に、大きな大きな虹の絵を描いています。
 ひとりひとりの心から出ている虹が、たくさんの人と人との間に架けられていったら、どんな素敵な世界ができるのかな…譽佳さんは、本当はそんな幸せな世界を見たかったのかもしれませんね。

    2008年6月
            ワンライフプロジェクト 代表
                     冨 田 優 子